私の子宮外妊娠(入院まで)




ここへ検索して訪問して下さった方
きっとご自身も辛い体験をされたり、今不安でたまらない状態かと思います。
私は入院していた時、同じ境遇の方の体験談を拝見し知識をもらい、
心の支えとなっていたので、私も自身の体験を通し少しでも役に立てると嬉しいです。

「なぜ私なの?」
不遇なことが起きると、そう嘆きたくなるのではないでしょうか。
私もこの答えのない問いを何度も何度も問うた日々でした。

初めての妊娠で4か月目に流産し、2回目の妊娠は子宮外妊娠でした。

去年の流産からちょうど1年目の夏、
34歳の私は念願だった新婚旅行も終え、そのタイミングを待つように来てくれた
赤ちゃんにもその配慮にも感激していました。
直感で去年来た赤ちゃんだ!と。
とても悲しい思いで後にした分娩台が思い浮かび、次こそはちゃんと生んであげられるからね!と言い聞かせていました。

『正常では無い』ということを知る絶望感って、
全て子供が『いる』生活への期待からくるものだと思います。


この場所へ連れて行こう!お互いの両親も一緒にこんなことしよう!集まれて喜ぶだろうな!こんなものが必要になるからリサーチしよう!とか、
無意識に広がる子供が『いる』日常への期待。
生理予定日から日にちが過ぎれば過ぎるほど、そんな想像が無限に広がり、
今の生活から変わる未来を夢見て笑みがこぼれて仕方なかったのです。

『いない』という今この現実に戻ってくるだけで、
天にも昇るような楽しい未来を期待した私には余計に辛かったです。

去年感じた悪阻や体温上昇、だるさもあり、旦那さんを喜ばせようと何の気無く使用した妊娠検査薬は反応しませんでした。
判定時間を過ぎて薄く線が出ましたが、取説にはエラー判定であると。
(後から産婦人科の先生より、市販のモノは水分量によって反応しないからあまり当てにせず血液で調べるようにとのことでした。)


生理予定日から約2週間遅れて、オリモノシートで足るほどの出血が始まり、
3週間続き、特に腹痛も無く、検査薬でも陰性、子宮外妊娠は全く疑うことなく、
初期流産になったんだと思っていました。
4週目に産婦人科へ行くと、妊娠反応がはっきりと出て驚きました。
子宮内に卵子が見つからず、すぐに大きな病院へ行くようにと紹介状をもらいました。

hcg( ヒト絨毛性ゴナドトロピン)1400

卵管破裂の危険が高いとのことで、その場で車椅子、ベッドから休憩室まで歩くことも許されず、家に荷物を取りに帰ることも出来ずそのまま当日入院となりました。
前日には3時間もハイキングしていたというのに!!!

信じられない気持ちでいっぱいで、初めての入院生活が始まりました。


私の子宮外妊娠(hcg数値変化と手術の基準)

 

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